横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1926号 判決
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【説明】
「第二 請求の原因
一 被告は、昭和四〇年三月一八日に、その所有に係る横浜市戸塚区新橋町字堂山一三三七番五の土地から、別紙図面表示のル、ヲ、ハ、H、G、F、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ部分の土地を同番一六として分筆し、同年七月八日に訴外渡部一衛に売渡した。
二 右売買に先立つて、訴外渡部は、昭和四〇年七月四日に、被告及び二名の測量士とともに現地を調査測量し、買受ける土地の範囲を、南北に六間、東西に一〇間の平地部分六〇坪のほかに通路6.64坪と畦畔を含めて、別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次直線で結んだ部分の土地とほぼ同範囲の土地(後で微修正された。)と確定しコンクリート製境界石四個が入れられた。
三 訴外渡部は、当時被告を全面的に信頼していたので、同人に印鑑を預けて登記申請手続を一任したところ、被告は、別紙図面ハ、H、G、F、ホ、ニ、ハの各点で囲まれた部分は一三三七番一六から分筆し、同図面イ、ロ、ハ、ヲ、イの各点で囲まれた部分を一三三七番五から分筆し、そのまま、或いは一三三七番一六に合筆して所有権移転登記手続をすべきであるのに、これをしないで一三三七番一六の土地そのものを売渡したかのように所有権移転登記手続をした。
四 昭和四一年七月末ごろ、訴外渡部は、前記二の測量者に測量図の送付を依頼したところ、同年八月三日付で土地家屋調査士宮崎睦夫が作成した地積測量図が送られて来た。訴外渡部は、右測量図を検した結果、前記二のように特定して買受けた土地と形状が著しく相違していることを発見したので、被告にその是正のための再測量を申入れ、その結果、昭和四一年八月二一日から二三日にかけて、被告も立会の上で、再測量が実施され、最初の測量時に特定された買受地にほぼ符合する測量結果が得られたが、登記簿、公図の訂正はされなかつた。
五 原告俊信は、昭和四一年九月一五日に、訴外渡部一衛から、別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次直線で結んだ土地を、「横浜市戸塚区新橋町字堂山一三三七番地一六宅地一二一坪(平地六六坪五合以下畦畔)」として買受け、同年一二月九日に原告生剛と共有持分二分の一宛の所有権移転登記手続を了した。
六 その後、昭和四六年六月一九日に原告らは、右土地を同番一六(201.34平方メートル。別紙図面A、B、C、D、E、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、Aを順次直線で結んだ部分)と同番四四(201.39平方メートル。別紙図面A、B、C、D、E、ホ、ニ、ハ、ロ、イ、ル、アを順次直線で結んだ部分)に分筆し、前者を原告生剛が、後者を原告俊信がそれぞれ取得した。
七 然るに被告は、昭和五二年春ごろになつて、原告俊信所有の別紙目録記載(一)の土地及び原告生剛所有の同(二)の土地が被告の所有であると主張して、同年五月六日に右各土地を一三三七番五から分筆して一三三七番四六の土地とした上自己所有名義とした。
八 仮に右係争地について、原告らの売買による所有権取得が認められないとしても、原告らは昭和四一年一二月九日に過失なくして右土地の占有を開始し、以後一〇年の期間が経過したから、取得時効が完成したのでこれを援用する。」
【判旨】
第一請求の原因一から四までの事実について
一<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められる。
1 被告は、横浜市戸塚区新橋町字堂山一三三七番五の土地を所有していたが、昭和四〇年三月一八日に、右土地から別紙図面表示のル、ヲ、ハ、H、G、F、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ部分の土地を同番一六として分筆した。
2 その後、昭和四〇年二月二八日ごろから、被告と渡部との間に右土地売却の話が持上り、同年三月三日に仮契約がされ、手附金一八万円が渡部から被告に交付された。
3 渡部と被告とは、昭和四〇年七月四日に、関東測量設計社の神代堅司、松野輝一の両名をともなつて、現地に臨み、次のように調査測量を行つた。(以下「第一次測量」という。)
(一) 別紙図面表示イ、ロ、ニ、リの各点にコンクリートの杭を打つて、売却の対象となる宅地部分の面積を南北に六間、東西に一〇間の六〇坪と確定した。
(二) 右のニ、リの各点を結ぶ直線が崖部分と宅地部分との自然の境界をなしていることを確認した。
(三) 道路部分の面積は巾二メートルで6.4坪と測量した。
(四) この結果、売却の対象となるのは、別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次直線で結んだ部分の土地になつた。
(五) 右測量の際、道路の端と思われる点を起点にしたが、必ずしも正確ではなかつた。
(六) 神代は、本件売買は崖部分を含んだ売買であるという話を被告から雑談時に聞いている。
4 第一次測量の結果作成された図面は、渡部には交付されなかつた。
5 被告は、昭和四〇年七月八日に、右土地を渡部に売渡した。
(一) 代金八九万円の内訳は、次のとおりである。
(1) 宅地部分 六〇坪 金七八万円(坪当り金一三、〇〇〇円)
(2) 崖部分 四坪 金二万円(坪当り金五、〇〇〇円)
(3) 通路部分 6.65坪 金九万円(坪当り金一三、〇〇〇円、端数切上げ)
(二) 手附金一八万円は支払済であるから、残金七一万円が同年七月五日に支払われた。
(三) もつとも、売買契約書には代金額は金五三二、〇〇〇円(甲第一号証の一〇)ないし金五三一、〇〇〇円(乙第一号証)と記載されているがこれは専ら税金対策のため不実の記載をしたものである。
6 渡部は、被告に印鑑を預けて登記申請手続を依頼したところ、横浜地方法務局戸塚出張所昭和四〇年七月一四日受付第一七六九九号をもつて、一三三七番一六の土地について、同年七月九日売買を原因とする所有権移転登記手続がされた。
7 一三三七番一六の土地として分筆されたのは、別紙図面表示のル、ヲ、ハ、H、G、F、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ土地であり、売買の対象とされたのは別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次直線で結んだ土地なのであるから、被告は、別紙図面表示のハ、H、G、F、ホ、ニ、ハの各点を順次直線で結んだ部分の土地を一三三七番一六から分筆し、他方、同図面イ、ロ、ハ、ヲ、イの各点を順次直線で結んだ部分の土地(本件係争地)を一三三七番五から分筆し、そのまま或いは一三三七番一六に合筆して所有権移転登記手続をすべきであつたのに、そのような手続はされなかつた。
8 渡部は、昭和四一年七月三一日に、神代に対して第一次測量の結果作成された実測図の送付を依頼したところ、土地家屋調査士宮崎睦夫が同年八月三日に作成した地積測量図(甲第一号証の六すなわち乙第二号証)の交付を受けた。
9 渡部が右測量図を検討した結果、第一次測量の際の認識とは形状が著るしく相違していた。すなわち、宅地部分が南北に六間、東西に一〇間ではなくて、南北に5.5間、東西に11.3間となつており、通路部分の面積も6.64坪ではなくて7.02坪となつていて、そのため一二メートルの長さになつていた。
10 そこで、渡部は、被告に対して右測量図を是正するための再測量を申入れ、被告が、先に打つたコンクリート杭を検査したところ、ロ点の杭がなかつたので昭和四一年八月二一日に再測量することになつた。(以下「第二次測量」という。)
11 昭和四一年八月二一日に、渡部、渡部の妻、被告、神代、松野の五名が集合して宅地部分が南北六間、東西一〇間となるように西側の境界を別紙図面表示の二、ロの線に定め、被告が笹竹を切つてイ、ロの線に相当する部分に立てて境界線を指示し、それに基づいて神代が木杭を打つて測量の準備をした。
12 更に、同年八月二三日には、渡部の妻が立会つて、神代と松野が第二次測量を行い、その結果、測量図(甲第二号証)が作成された。この測量図では、宅地部分の面積は61.41坪、通路部分の面積5.63坪、通路の長さは9.70メートルとなつているが、これは宮崎作成の地積測量図では宅地六〇坪、通路7.02坪、合計67.02坪となるので、これから通路5.6坪を差引いた61.4坪を宅地部分とするように修正したためである。また、畦畔の部分は、宅地に附随して当然にきまるものと考えて、測量の対象とはならなかつた。
二<反証排斥略>
三もつとも、甲第一号証の四から六まで及び乙第二号証では、いずれも通路の長さが一二メートルになつているのでこの点について検討する。
1 <証拠>によれば、右甲第一号証の四及び五は昭和四〇年三月一八日に一三三七番五の土地から同番一六の土地を分筆したときに用いられたものであることが認められるので、一三三七番一六の土地か売買の対象とされたものでないことが前記認定の如くである以上、これを覆すに足る証拠となり得ない。
2 <証拠>によれば、専ら被告の指示のみによりポイントを打直して測量したものであることが認められ、渡部の意向が全く反映されておらず、そのため第二次測量をするに至つたことは前記認定のとおりであるから、被告と渡部との間の本件土地の売買の対象を定めた図面ということはできない。
3 更に、成立に争がない乙第三号証の測量図によれば、道路部分の長さは9.48メートルとなつており、右測量図を作成した証人中村三郎の証言によれば、中村は現地の状況を仔細に検討した結果、通路の長さを一二メートルとすることは無理であると判断して、立会つていた被告の了解を得て通路の長さを9.48メートルとして右測量図を作成したことが認められ(右認定に反する被告本人の供述は措信しない。)、<証拠>によれば、乙第三号証のとおり横浜市長から昭和五二年四月二一日に道水路敷境界が承認された事実が認められるので、本件道路の長さは9.48メートルであるとする原告らの主張が妥当なものと認められる。
4 もつとも、甲第一号証の一一、同第二号証では通路の長さが9.70メートルとなつているけれども、証人渡部一衛の証言によれば、これはU字溝の巾が約二〇センチメートルあり、その北側で測るか南側で測るかで二二センチメートルの差が生じたと認められるので、この事実も前記認定を左右するに足りない。
5 従つて、通路の長さが一二メートルとなつている甲第一号証の四から六まで及び乙第二号証の存在も前記一の認定を左右するに足りない。
四被告は、乙第一号証に「以下畦畔」とあるのは、「以下畦畔のため売買対象外である」との趣旨であると主張し、被告本人は同旨の供述をしているけれども、右供述は前記一に認定した事実に照してたやすく措信し難く、他に右主張を裏附けるに足りる証拠はない。
五以上の次第であるから、渡部が被告から買受けた土地の範囲は、原告ら主張の如く、別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次直線で結んだ部分であるということになる。
第二請求の原因五から七までの事実について
一<証拠>によれば、請求の原因五及び六の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
二請求の原因七の事実は、当事者間に争がない。 (三井哲夫)